北の水辺で水面や空を眺めての独り言

by kitanomizube
 
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My favorite?
休日の昼下がり・・
この子には関係ないか・・・(^_^;)

お気に入りの場所で・・・

今日は日差しがまぶしいんだよなあ・・・
それにしても春めいてきたなあ・・・

なんて考えていそうな・・・(^_^;)
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by kitanomizube | 2006-02-20 05:47 | つぶやき | Trackback | Comments(0)
 
森と氷河と鯨
星野道夫という写真家であり作家を知っているでしょうか?
アラスカに単身渡り、アラスカの写真を撮り続けた人です。
その最後の著書と言われる「森と氷河と鯨」を読みました。
本当に一気に読んでしまいました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4418965289/qid=1140380215/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-3517604-1416355
彼の写真集は数多く出版されていますが、「たくさんのふしぎ」など、子どもたちにもわかりやすいものもあり、しかしその写真には圧倒的な存在感があり、いつも気になっている作家です。
クマや鯨など野生動物の写真には、敵対するものではなく、共存するもの・・適当な言葉ではないかもしれませんが・・・自然に対する優しい視線のようなものを感じ、心が和まされるのを感じていました。
人間も自然の一部と考え、野生の動物は決してむやみに人を襲ったりしないと信じ、常に銃を持たずに自然の中に分け入っていたそうです。
そしてカムチャッカ半島での取材中にクマに襲われて亡くなったのです。
アラスカでは大丈夫だったのに、何故?
その当時私はそう思いました。しかし、必ず物事には原因があるようで、当時のカムチャッカは「探検」を求める人々が度々訪れる場所になっており、野生動物が人間の残した食料の味を知る場所になっていた・・と、後で何かの記事で読んだ記憶があります。

この星野道夫の最後の作品・・正確には、残された写真と文章と、亡くなった当時の日記を、残された人々がまとめたものです。
副題は「ワタリガラスの伝説を求めて」とあります。
エスキモーを始めハイダ族、クリンギット族、アサバスカンインディアンなどに共通して語られる祖先であり神であり、この世界の創造主が「ワタリガラス」だといいます。
この人々が太古の昔、共通の祖先から分かれ、アジアからベーリング海を経て渡ってきたモンゴロイドの末裔なのだろうという仮説がこの本の主題だと思います。
そして、アラスカからユーラシア大陸に取材の先を移して間もなくの悲劇が彼を襲ったのでした・・ということが、この本でやっとわかりました。

最も印象に残った文章があるので、そのまま引用させてもらいます。

ぼくはハイダ族の神話「ワタリガラスと最初の人々」の最後の章を思い出していた。人々の暮らしは豊かとなり、文化は栄え、その後に続く物語だった。
『・・・・・何かがもう終わりに近づいていた。村は捨てられ、廃墟となり、人々も少しずつ変わっていった。海はその豊かさを失い、大地は荒れ果てていった。おそらく時が来たのだろう。ワタリガラスがもう一度この世界を作り直す時が・・・・・』

by kitanomizube | 2006-02-20 05:18 | 環境 | Trackback | Comments(0)
 
松代大本営
今日の北海道新聞日曜版特集は「松代大本営」でした。
もう7〜8年前になりますが、この地を訪れたことがあります。
戦後五十年目の頃、やはり北海道新聞で話題になっていたので、気になっていたのです。
行ってみると、やはり重い史跡でした。
詳しくは
http://www.wisdom96.com/setsugen/shiryou/etc/HEIWA/MATSUSHIRO.HTML
を見て下さい。
強固な岩盤に築かれている。
沖縄戦をやってまで、敗戦を引き延ばして建設された。
日本も原爆を開発していた。
という事実と重ね合わせて考えると、原爆用の核シェルターだったのではないかとも想像されます。そして米国より先に開発していれば、戦局を逆転できるとも考えていたのではないでしょうか?
天皇は7月末には移転を決意していたと言います。天皇移動用の装甲車も完成していたそうです。でも、先に広島に落とされ、あきらめたとは考えれませんか?
「一億玉砕」をスローガンに守ろうとしたものは何だったのか・・・
憲法改正が現実味を持っている今、もう一度考えてみることも必要ではないでしょうか。

by kitanomizube | 2006-02-19 15:47 | 平和 | Trackback | Comments(0)
 
「こころ」を忘れている
このところ、悲しいニュースが多いと感じる。
それも、個人のレベルでは防げない事も多い。
昨日は幼稚園児が友達の親に刺し殺されたという・・
原因は何だったのだろうか?
言葉の壁? 差別でもあったのかな?

夕方は、男子高校生が路上で刺された。
自動車と自転車の路上でのトラブルが原因だったようだ。
刺すのはもってのほかだが、自転車、歩行者の交通ルール、マナーも地に落ちている気がする。
要するに、みんな自分勝手、てんでに好き勝手に行動している。
今回の男子高校生がそうだったかどうかはわからないが・・・

小田急ロマンスカーに飛び込み自殺・・ガラスが割れて乗客がけが。
小田急はこの座席の発売をやめたそうだ・・・
企業としては、なんらかの対策を講じないと、乗客の安全を守れないとの判断だろう。
この座席が売りなのに・・・

こんな事が続く世の中は、何故できあがってしまったのだろう?

やはり、競争原理と格差の拡大が行き過ぎているのではないのだろうか?
日本は戦後、世界で最も階級差の少ない平等な社会であったはずだ。
しかし今は、世間の実感通り、二極分化が進んでいる。
政府は否定しているようだが、これは明らかだ。
本当は自覚しているのかもしれない・・・首相の「格差は悪いことだとは思わない」発言が出るのだから・・・

ある程度「平等」が実感できる時代なら、他者を思いやる余裕もあったかもしれない。
しかし、むき出しの競争原理が支配する世の中で、誰が他者を思いやるだろう?
他者を蹴落とさなければ勝ち組になれないのなら、他者への配慮などするはずもない。
今の世の中に期待するのも無理なのかもしれないが、「他人の気持ちを思いやる」という社会人としては当然出来ていなければならないことが出来ていないのが今の世の中なのではないだろうか?
競争原理に支配されて「こころ」を忘れているのである。

「こころ」を育てる責任はどこにあるのだろうか?
政府はすぐに学校にそれを求め、現代の学校に「道徳教育」が欠けているのが原因と短絡的な結論を出し、「心の教育」「心のノート」なんかを押しつけて、それで良しとしている。一般の国民は中身がわからないから、それで良いと思うのだろう。しかし現実は戦前の「修身」が形を変えて出てきただけである。憲法改正、教育基本法改正、そして修身である。これだけ並んでもまだ、現政権に我々の人権を奪われても命運を託すというのだろうか?

「こころ」を育てるのは環境ではないのか?
環境とは、家庭であり、もちろん学校も・・であり、つまりは社会である。
弱者切り捨ての世の中で、誰が他人を思いやろうか?
二極分化が進んだアメリカで犯罪が多いのは、銃の販売もあるかもしれないが、多くの貧困層に将来の夢が描けない社会構造にこそ、その原因があるのではないのか?
今の日本に、ちょっと前なら信じられないような犯罪、事件が多くなっているとしたら、やはりこの社会構造の変化にその原因の一端があるとは考えられないのか?
福祉が充実し、雇用も安定した世の中なら、家庭で安心して子育てが出来る親は、子どもを慈しみ、他者への配慮を教えることも出来るだろう。学校でも過剰な競争をさせずに、じっくり「心」も「真の学力」もつける努力が出来るはずだ。
しかし現実は、雇用の安定は崩壊し、福祉も詐欺のように切り捨てられようとしている。将来に明確なビジョンが描けない世の中で、誰が他者への思いやりの心を持てようか?

貧困率というOECDの指標が最近話題になっているが、日本は調査対象国27カ国中5番目に貧困率が高いらしい。
経済企画庁も、1998年の調査で「日本が国際的に平均な社会だ」というために取り上げた資料も、この「貧困率」で1980年代半ばのものだったようだ。
だからこの10数年間に、いかに急速に格差が拡大したかわかるだろう。
失われた十年と、小泉改革である。
ちなみに、かの超大国はメキシコに次いで貧困率が世界で2番目に高いそうだ。
世界で一番強い軍隊を持ち、世界で最も繁栄している国がである。
つまりは、繁栄とは多数の弱者を踏み台にした、一握りの人々のものだったのである。イラクで亡くなっている多くの兵士たちも、まさに貧困から抜け出すために、教育を受けようと、兵士を志願して奨学金を受け、学ぼうとした人たちだ。

公立大学の入学金が私立大学のそれを上回ったそうだ。
今から30年以上も前から国立大学の授業料値上げの理由は「私立との格差の是正」だった。
それが逆転している。
昔なら、お金持ちは私立にも行ける。でもそれが出来ない貧乏人も国立なら行ける・・・だったはず。これでは本当に貧乏人は教育も受けられない国になったのである。
来るべき憲法改正、再軍備の世の中で、誰もなりたいとは思わない兵士を集めるために、教育をお金のかかるものにしておいて、軍隊に志願すれば奨学金が出る仕組みを、かの大国に習って整備しているのか?

今の世の中が目指しているのは、競争と搾取の世界である。
一握りの富裕層が、多数の貧困層から搾取する。世界的に見ても、一握りの「先進国」が、多数の「途上国」から搾取する・・南北問題と言われる・・である。
この構造を解決しなければ、紛争も何も治まらないだろう。

多数の貧困、途上の人々には、未来の夢を見ることも許されない状況なのだから・・・

人間の欲望が、かつての特権階級を再び創り出していると言えよう。
この特権階級から権利を勝ち取ってきたのが民主主義の歴史であり、この過程で成長したのが人権思想であろう。
再び「啓蒙思想」家が現れ、市民革命が進行し、市民が自らの手で「自由」や「平等」を勝ち取らなければならないのだろうか?

by kitanomizube | 2006-02-18 22:30 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 
剛性感を創り出すもの
うちの軽自動車の底です。
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こんなバッテン印の補強が大胆に入っているシャーシーは見たことがありません(^_^;)
これが軽自動車らしくない剛性感を創り出しているのですね。
エキゾーストパイプも笑うほど真っ直ぐでした。
以前乗っていたロードスター(AT)と比較しても、剛性感や動力性能はさしたる変化を感じません。排気量が1ℓも違うとも思えません。過給器はついてますが(^_^;)
弱点は最低地上高が105mmしかないことです。
冬の北海道、除雪されていれば良いのですが、先日もとうとうはまってしまいました。
轍が全く合わないのと、普通の車は大丈夫なほどの深さでも、おなかがつかえて動けなくなるのです。亀さんですね(×_×;)
しかし、その時もこの補強のせいなのか、下回りは大丈夫でした。

by kitanomizube | 2006-02-17 05:37 | | Trackback(1) | Comments(0)
 
表現の自由と他者への配慮を欠いた独善は同じか?
欧米の独善は止まるところを知らないように見える。
自分たちの判断は必ず正しくて、反発がおかしいとさえ考えているように見える。
ムハンマドの風刺画問題は、イスラム教徒への配慮のかけらもないものだろう。
これは、ヨーロッパ諸国のメディアがいかにイスラム教への理解を欠いているか・・・ということを表している。
このような騒ぎが収まらない中、ドイツの新聞がイランのサッカー選手が身体に爆弾を巻いて競技場で連邦軍兵士と向かい合うマンガを掲載したようだ。
http://www.asahi.com/international/update/0215/018.html
これも、イスラム教徒、あるいはアラブ諸国の国民と、テロリストを同一視したものであろう。まるで某大国のアフガニスタン攻撃、イラク攻撃と同じである。
干ばつによる食糧難に喘ぎ、飲料水の不足から大量の伝染病患者を出して苦しんでいるアフガン。湾岸戦争以後の経済制裁で、あるいはこの間の10年以上に及ぶ米軍の定期的な空爆で、反撃の力もないイラクに難癖をつけて攻撃をした彼の国は、その独善、単独行動主義を改めようともしない。
限定使用できる小型の核兵器まで開発するという。
アラブ諸国だろうが欧米諸国だろうが、アジア諸国だろうが、そこに暮らす人間に、どんな違いがあるというのか?
宗教や生活習慣の違いが、どれだけ人間としての価値に関わるというのか?
あまりにも欧米諸国は、他の民族への理解が足りないのではないだろうか?
我が国にも同様の思想は流れている。
某都知事の三国人発言などは、良い例だろう。

過去の自らの植民地政策、帝国主義政策で創り出した大量の最貧国をそのままに、そこから更に搾取しようとする先進国。いい加減にしないか?
このまま自らの短期的な利益の追求のみに走り、環境も人権も全て破壊して、我々の地球を死の世界へ追いやろうというのか?

話を戻すが、表現の自由は守らなければならない権利である。特に、この権利が奪われようとしている我が国では、もっとこの問題について国民が考えなければならないだろう。しかし、権利は他の人の権利を侵して良いものでもないし、他の人の気持ちに配慮できるようでなければ「権利の濫用」でしかないだろう。欧米のメディアの問題は、正にこの点が勘違いされていると思われる。
いかがだろうか?

by kitanomizube | 2006-02-16 06:17 | 国際 | Trackback(1) | Comments(0)
 
原田失格に思う
久しぶりのエントリーです。
どうも最近は体力が・・歳かなあ・・(×_×;)

トリノオリンピックが始まりました。すでに競技も開始されているようです。
上村愛子や里谷多恵はメダルに届かなかったようです。
最年長出場の原田は残念ながら失格になったようです。
この失格ですが、長野オリンピックで日本のジャンプ陣が大勝して以来、日本に勝たせないためにルール変更されましたが、その変更にもろに引っかかったものだったようですね。原田が使用していた板の使用基準となる体重の最低限度が61kgだそうで、原田の体重は200g足りなかったのだそうです。失格は失格、ルールはルールですが、200gですよ。コップ一杯水を飲んで計量すればセーフです。
それを考えたら、原田が自分のミスです・・と言うのもわかりますが・・・
なんだか釈然としませんね。
このルール変更、ヨーロッパは様々な種目でどこかが勝ち始めるとやりますよね。歴史をたどれば、バレーボールも何度かルール改正しています。最初は日本が速攻を武器に世界に君臨した直後でした。卓球のラバーもそういう改正があったように記憶しています・・違ったかな(^_^;)
F1もホンダ常勝の時代にルール変更されましたよね。1500ccのターボで、3000のNAに勝っていたときでした。NAが3500ccに変更になったのではなかったかな?ラリーも、日本車の勝利が続くと、タイヤのルールが変更になったり・・・なんだか姑息な手段に思えるのですが、そうでもないのかな・・・ひがみですかね。
本当に強いものは、どんなルールでも勝てなければならないのでしょうが・・
だから変更されても勝たなければ・・とも言えるし、変更しなくても勝たなければ・・とも言えますよね・・・

もう一つ。
オリンピックですが、日本はメダルに固執しすぎるように感じます。
期待がプレッシャーになる・・
それを乗り越えて手にする実力者はもちろん素晴らしいです。
でも、メダルに届かなくとも、入賞することは素晴らしい。
入賞せずとも、出場できる成績を残していること、世界を相手に闘える実力があること・・それだけで十分賞賛に値すると思うのですがどうでしょうか?

by kitanomizube | 2006-02-12 13:52 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(0)


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