北の水辺で水面や空を眺めての独り言

by kitanomizube
 
飲んで運転した時点で故意の危険運転では?

飲酒による幼児三人死亡事故の判決が出た
記録のために、記事と判決の要旨を全て引用しておきたい
北海道新聞の記事から

〜〜〜ここから〜〜〜
飲酒運転判決 事故撲滅の重い教訓に(1月9日)
 一昨年八月、福岡市で多目的レジャー車が乗用車に追突されて橋から海に転落、幼児三人が水死する痛ましい事故があった。
 酒を飲んで乗用車を運転していた当時の市職員に対し、福岡地裁が判決を言い渡した。業務上過失致死傷と道路交通法違反の併合罪としては、最高刑の懲役七年六カ月だ。
 検察が、危険運転致死傷罪とひき逃げの併合罪で最高刑の懲役二十五年を求刑したのに比べると、軽い印象は否めない。
 だが、危険運転致死傷罪の要件である故意の危険な運転を検察が立証できなかった−と裁判所は判断した。世間の感情とは違うかもしれないが、客観的な証拠に基づいた中で、最高刑を科したところに裁判官の思いが見て取れる。
 量刑にかかわらず、裁判長が語りかけた通り、被告は一生をかけて償うべきだ。
 判決は、危険運転致死傷罪の適用要件の難しさに加え、初動捜査に不十分さがあったことを示している。
 警察が被告のアルコール濃度を検知した際、「酒酔い」と「酒気帯び」を区別する歩行テストを怠ったことは明らかなミスだ。
 被告は事故後、いったん現場から逃げた。友人にもってこさせた水を大量に飲んだ。検知でアルコール濃度が「酒気帯び」と認定され、危険運転致死傷罪を免れる理由の一つとなった。
 「海に飛び込んで救助してくれたら助かったかもしれない」という両親の思いは当然だし、痛いほどわかる。
 だが実態は、六年前に危険運転致死傷罪ができたころから、福岡の事故に限らず、ひき逃げが急増した。
 「多くの犯罪は、はじめの刑を逃れようとして重ねられた」という十八世紀イタリアの法学者ベッカリーアの言葉は、危険運転致死傷罪とひき逃げの関係にもあてはまる。
 福岡の事故を機に、飲酒運転やひき逃げの罰則が強化され、昨年九月に施行された。その後、飲酒運転事故が道内では半減し、全国でも三割減った。警察の取り締まり強化や、社会意識の変化も大きいだろう。
 これをいっときに終わらせてはならない。飲んだら運転代行を頼み、宴会では運転者バッチをつけてもらうなど、あの手この手で飲酒運転を防がなければならない。
 運転者の呼気にアルコールが含まれているとエンジンがかからない車の開発も急ぎたい。欧米で導入が進み、スウェーデンでは二○一二年からすべての新車に義務づけられる。日本でも取り入れられないか。
 福岡の事故では橋の防護柵の強度が歩行者・自転車用で弱かった。凍結路でスリップしやすい場所から順に車両用に交換してほしい。
〜〜〜ここまで〜〜〜

判決の要旨は
同じく北海道新聞の記事にある

〜〜〜ここから〜〜〜
3幼児死亡事故の判決要旨 福岡地裁(01/08 14:04)
 福岡地裁が8日言い渡した3幼児死亡事故の判決要旨は次の通り。

 【総論】
 危険運転致死傷罪が成立するためには、単にアルコールを摂取して自動車を運転し人を死傷させただけでは十分でない。同罪に当たる「正常な運転が困難な状態」とは、正常な運転ができない可能性がある状態でも足りず、現実に道路や交通の状況などに応じた運転操作が困難な心身の状態にあることを必要とする。

 【事故状況】
 今林大被告は事故直前に前方を走行していた大上哲央さんの多目的レジャー車(RV)に気付き、急ブレーキをかけて衝突を回避しようとしたが、RVの右後部に衝突した。被告は「海の中道大橋」の直線道路に入った辺りから、右側の景色を眺める感じで脇見を始め、前を振り向くと突然目の前にRVが現れたと供述し、十分信用できる
 RVを直前まで発見できなかったのは、脇見が原因と認められる。被告はこの道を通勤経路として利用し通り慣れており、終電が終わる前にナンパをしたいと思っていた被告が、午後10時48分という夜間に、車を時速80−100キロに加速させたからといって、それが異常な運転であったとまでは言えない。

 【飲酒状況】
 被告は2軒の飲食店で飲酒後、運転を開始した時に、酒に酔った状態にあったことは明らか。しかし、その後の具体的な運転操作や車の走行状況を離れて、運転前の酩酊状態から直ちに「正常な運転が困難な状態」にあったという結論を導くことはできない
 被告は事故直後、ハザードランプをつけて降車したり、携帯電話で友人に身代わりを頼むなど、相応の判断能力を失っていなかったことをうかがわせる言動にも出ている。飲酒検知時も千鳥足になったり足がもつれたりしたことはなく、現場で警察官は、呼気1リットル当たり0・25ミリグラムという検知結果や言動などを総合し、酒酔いではなく酒気帯びの状態だったと判断した。高度に酩酊した状態にあったとする検察官の主張には賛同できない
 同じ量のアルコールを摂取しても、得られる血中アルコール濃度には個人差が相当大きいので、鑑定などを根拠に事故当時の被告の血中濃度が1ミリリットル当たり0・9−1・0ミリグラムだったと認定するのは合理的な疑いが残る。また血中濃度がその程度になれば、前頭葉などが抑制され前方注視及び運転操作が困難になるとした鑑定意見も、症状に個人差があると説明しており、正常な運転ができない可能性があることを指摘したにとどまる。直ちに前方注視及び運転操作が極めて困難な状態にあったとまで認めることができない

 【総合判断】
 今林被告は事故現場まで蛇行運転や居眠り運転などをしておらず、その間に衝突事故も起こしていない。事故当時、状況に応じた運転操作が困難な心身状態にあったかどうかをみると、被告は2軒目の飲食店を出発して事故後に車を停車させるまでの約8分間、湾曲した道路を進行し、交差点の右左折や直進を繰り返した。幅約2・7メートルの車道でも車幅1・79メートルの車を運転していた
 また事故直前には大上さんの車を発見し、ハンドルを右に切って衝突を回避しようとし、反対車線に飛び出した自分の車を元の車線に戻している。これらの事実は、被告が状況に応じた運転操作を行っていたことを示し、正常な運転が困難な状態にはなかったことを強く推認させる
 事故直前に長時間にわたって脇見運転をしているが、走行車線を大きくはみ出すことはなく、前方への注意を完全に欠いたとまでは言えない事故の48分後に行った呼気検査では酒気帯びの状態と判定され、酒酔いの程度が相当大きかったと認定することはできない
 以上の通り、危険運転致死傷罪の成立は認めることはできず、業務上過失致死傷と道交法違反(酒気帯び運転)の罪に当たる事実が認められるに過ぎない
 弁護側はRVの大上さんが居眠り運転をしていたと主張するが、大上さんの供述の信用性に疑問はなく、失当である。

 【量刑の理由】
 3児は幸せな日々を送っていたが、理不尽にも短い一生を終えなければならなかった。海中で必死の救助に当たった大上夫妻が体験した、不条理で残酷な極限的状況には想像を絶するものがあり、被告に峻烈な処罰感情を抱くのは当然である。
 被告は事故以前にも4件の交通違反歴があり、酒気帯び運転もしていたと述べており、交通規範意識は著しく鈍磨していたと言わざるを得ない。
 被告の過失の大きさや結果の重大性、酒気帯び運転、ひき逃げの悪質性などにかんがみると、処断刑の上限に当たる実刑をもって臨むのが相当である。
〜〜〜ここまで〜〜〜

やはり、何度読んでも違和感が残るのは私だけだろうか?
この写真の橋である。
全長750mだそうだ。
中央部のアーチ状の中央部辺りで事故は起きた。
wisdom96さんが指摘しているとおり、脇見のまま300mは直線を走っていることになる。
例えば札幌の街中で300mとは、信号3つ分である。
「海の中道大橋」の直線道路に入った辺りから、右側の景色を眺める感じで脇見を始め、前を振り向くと突然目の前にRVが現れたと供述し、十分信用できると、書かれているとおりなら、車を時速80−100キロに加速させた状態で300mは前方を見ないで走っていたことになり、十分信用できると、裁判官も述べている。
時速80−100キロで300m前方を見ないで走ることが「正常な状態」で出来るだろうか?
その時点で運転前の酩酊状態から直ちに「正常な運転が困難な状態」にあったという結論を導くことはできないのだろうか?
たとえそれが「故意」ではなかったと主張するとしても、そう言う走り方になってしまうような身体の状態で「車を発進させてしまう」時点で「未必の故意」になるとは考えられないのか?

「未必の故意」と、「認識ある過失」についてWikipediaを参照すると、次のようになる。

〜〜〜ここから〜〜〜
いかなる場合に故意が認められ、また、過失が認められるかの限界の問題として、「未必の故意」と「認識ある過失」の問題がある。故意犯は原則的に処罰されるのに対して、過失犯は特に過失犯の規定がないかぎり処罰されないことから、故意と過失の区別は刑法上の重要な問題のひとつである。
この問題については、故意概念についての意思説と表象説の対立を反映して、認容説と認識説の対立が存在する。
認容説によると、未必の故意とは、犯罪結果の実現は不確実だが、それが実現されるかもしれないことを表象し、かつ、実現されることを認容した場合をいう。この説では、結果の実現を表象していたにとどまり、その結果を認容していない場合が、認識ある過失となる。つまり、故意と過失は認容の有無によって区別されるとするのである。
認識説は、認容という意思的態度は要求しない。認識説の中の蓋然性説によると、結果発生の蓋然性が高いと認識した場合が未必の故意となり、単に結果発生の可能性を認識した場合は認識ある過失となる。
〜〜〜ここまで〜〜〜

これを読むと、「飲酒運転をしたら事故を起こす確率が高くなる・・という一般的な考えを認識していても、「自分は起こさない」と思って運転していたら、起こしてしまった結果を「認容」していたことにはならないので、「過失だ」という見解になるのだろうか????
それが法律だとしたら、その時点で法律が不備だと言うことには成らないのか?

次に、事故後「携帯電話で友人に身代わりを頼むなど、相応の判断能力を失っていなかった」のだとしたら、この時点で「未必の故意」は成立しないのか?
何故なら、「自分が追突した車が橋の欄干を突き破って海中に落下した」のである。子どもの存在は抜きにしても、「乗員がけがをしたまま海中に沈む車にいる」のである。当然、「死亡するかもしれない」という考えは浮かぶはずである。それでも「現場から逃走しようと」し、しかも「
携帯電話で友人に身代わりを頼むなど、相応の判断能力を失っていなかった」というし、「友人にもってこさせた水を大量に飲んで酒気帯びの程度を下げようとした」のだ。そんなことしている間に「乗員は死ぬかもしれないが、自分の身の安全の方を重視して、見殺しにした」のだ。これは「故意」ではないのか?
それでも「業務上過失致死傷」にしか成らないのか?
明らかに「自分の起こした事故によって死ぬかもしれない乗員を、故意に見殺しにした」のではないのか?

裁判官は、「法律と自分の良心のみに従って判決を出す」のだと思う。
でもなあ、「良心に従うより、前例にのみ従っている」・・ように思えてならない・・・

by kitanomizube | 2008-01-10 04:13 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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